起業とネガティブ思考/ネガティブ思考を活かす方法

「起業にはポジティブ思考が必要不可欠である」この考え方はやはり正しいでしょう。起業にはいくつもの障壁がともなうものですし、それを乗り越えていくためには、情熱やエネルギーが何よりも必要とされます。そして、それを支えるのが「ポジティブ思考」です。
では、これはどうでしょうか「起業にはネガティブ思考は禁物である」。逆も真なりなのか。あるいは「逆は必ずしも真ならず」なのか。本記事ではこの点を考察していきます。

ネガティブ思考が起業に向いている理由

まず「ネガティブ思考」という言葉から思い浮かぶ特徴を列挙してみます。

  • 挑戦する前に失敗した時を考える
  • 肯定しない。否定ばかりする
  • 悩みが多い。悩みがどんどん増えていく
  • 気苦労が多い。気遣いをし過ぎる
  • 視野が狭い。ひとつの視点から抜け出せない
  • 失敗すると後悔ばかりする

一見、「起業とは全く正反対だな」という印象を持ってしまいます。しかし、実はこのなかには起業にとって、とても重要な視点も含まれているのです。

挑戦する前に失敗した時を考えるのは、とても重要

たとえば、あなたが事業計画書を一気呵成に書き上げたとします。「これで完璧だ」と満足してしまって果たしてよいのでしょうか(少し極端な例をあげています)。
ここで、ネガティブ思考の人は「こんな商品、サービスは全く売れないのではないか」と思い悩むことになります。自分が自信をもっていたアイデアのはずが、否定的な側面にばかり目がいってしまいます。事業計画書はなかなか完成しません。

これは果たして誤ったことでのしょうか。事業計画書を何回か書いたことがある方は、分かるはずです。「いや、全然、間違ってない。それは誰もが通る道だ」と。往々にして、そのような見通しの甘さや、矛盾点は人からも指摘を受けることになるからです。「こんな商品、サービスは全く売れないのではないか」と何度も何度も事業計画を見直すことは、きわめて正しいプロセスです。

悩みが多い。悩みがどんどん増えていくこともプラス

ネガティブ思考の人は「将来、どんな事故や困難が起きるのだろうか」とあって欲しくないことを事前に考えてしまいがちです。しかし、これも起業するうえで、とても貴重な「才能」です。
ネガティブ思考を“究めている”人ならば、自分の事業プランに弱みを発見して、そこから派生する別の弱みに思い至り、悩みが雪だるま式に増えていくかもしれません。しかし、これも自分の事業ブランの弱点を探し、そして検証につながる、きわめて正しいプロセスなのです。

ネガティブ思考を起業に活かす方法

ネガティブ思考を、もう少し体系的に起業に活かす方法を考えてみたいと思います。ネガティブ思考を起業に活かす方法としては、“不安な気持ち”をリスクマネジメントに転換することが最も近道だと考えられます。

リスクとは「海図のない航海」

リスクマネジメントについて考察する前に、「リスク(risk)」という言葉の語源について考えてみます。和訳すると「危険」として一般的に理解されている「リスク」ですが、その語源には諸説あります。イタリア語のもともとは船乗り達をさす言葉から転じて「勇気を持って試みる」という意味になった“リズカーレ”や、またアラビア語で「明日の糧」を意味する“リスク”を語源とする説。

非常に興味深い説としては、さらに古くイスラム世界で使われた「海図のない航海」を意味する“リスコ”を語源とする説もあります(元北海道教育大学教授/宮崎正勝氏)。リスクを「海図のない航海」としてとらえるのは、起業を考えるうえで、とても示唆に富んでいると思います。余談ですが、私たち日本人はイスラム世界というと、つい砂漠を連想してしまうのですが、大航海時代が始まる15世紀中盤以前、地中海やインド洋の強大な海上勢力のひとつがイスラム世界だったのです。

リスクマネジメントの本質は不確定要素の「見える化」

リスクマネジメント(risk management)は、各種の危険による不測の損害を最小の費用で効果的に処理するための経営管理手法です。さらに付けくわえるならば、リスクマネジメントとは、リスクを組織的にマネジメント(管理)し、損失などの回避または低減をはかるプロセスを指します。リスクマネジメントは、主にリスクアセスメントとリスク対応から構成されます(JIS Q 31000 「リスクマネジメント―原則及び指針」)。

まず、リスクアセスメントですが、これはリスクを評価することです。リスクアセスメントには次の三要素があります。

  • リスク特定
  • リスク分析
  • リスク評価

まず「リスク特定」ですが、これは考えられるリスクをピックアップすることです。起業を考える場合、不安なことや懸念していることが数多くあるはずです。これらを書き出して「見える化」してみましょう。ポイントとなるのは、起業プランを俯瞰的にとらえ、起業プラン「全体」を評価することです。ここで、前述したネガティブ思考の人の行動パターンを再度、書き出してみます。

ネガティブ思考を“究めている”人ならば、自分の事業プランに弱みを発見して、そこから派生する別の弱みに思い至り、悩みが雪だるま式に増えていくかもしれません。

どうでしょうか。これはリスク特定にあたって、きわめて正しいやり方なのではないでしょうか。次のステップの「リスク分析」と「リスク評価」は、それぞれの不安や懸念がどの程度の頻度で起こりそうか、また起きたときにどの程度の影響がありそうかを整理することを意味します。そして、それぞれの事象に優先順位を付けて対処方法を考え、実行することが「リスク対応」となります。
リスクマネジメントを考えた場合、一番大切なのは、出発点となるリスク特定です。ここが甘ければ、それ以降のプロセスがどんなに精緻であってもあまり意味がありません。「想定していなかった事象が起きた」ということは、言い換えればリスク特定に瑕疵・欠陥があったという可能性があるからです。

ネガティブ思考の悪い面

リスクは一般的に「純粋リスク」と「投機的リスク」のふたつに分類されます。「純粋リスク」とは損失のみを発生させるリスクであり、概念的にも理解しやすいものです。他方で、「投機的リスク」は「ビジネスリスク」とも呼ばれ、損失だけではなく利益を生む可能性もある事象を指し、プラスとマイナスの双方が発生する可能性を含む「不確実性」と捉えられることになります。起業にとって、この「投機的リスク」はどうしても避けられないものです。ここで最近の「中小企業白書」から引用します。

『近年ではこの「投機的リスク」を含め、リスクは利益の源泉であり、リスクを取って利益を追求しないと企業が成長できないと積極的に捉えられるようになってきている。』(平成28年 中小企業白書~第4章 稼ぐ力を支えるリスクマネジメント~中小企業庁)

リスクを引き受ける力は、ポジティブ思考から生まれます。ネガティブ思考が行き過ぎると物事が決断できずに、何も進まなくなることが往々にしてあるからです。ここで前半に書いたリスクの語源を思い出してください。それは「勇気を持って試みる」ことであったり、「海図のない航海」であったりとします。リスクを単純に「危険」の意味だけで理解するのは正しくないのかもしれません。リスクの本来の意味は、危険を承知で「チャレンジすること」にあったのではないでしょうか。

起業に不可欠な「アクセル」と「ブレーキ」

言うまでもなく起業には、エネルギーが必要です。エネルギーはポジティブ思考をベースに形成され、突破力とスピードを生み出します。そしてこれが事業を推進するうえでのアクセルとなります。ここで忘れてはならないことは、一方では、事業を推進するうえでブレーキも必ず必要になるということです。
このブレーキの役割はネガティブ思考から生み出されます。様々なものを背負っていかなければならない起業家にとっては、ネガティブ思考も貴重な「才能」であり、そして必ず必要となる「武器」なのです。

執筆者:榎本 洋(えのもと ひろし)

広告制作会社・書籍編集プロダクションなどを経て、現在はフリーの編集ライター。CSRレポートや環境報告書なども手がける。最近はDXをはじめとするIT関連分野のライターとしても活動中。