ご自身の事業で従業員を雇う場合、必ず「給与明細」を作成しなければなりません。受け取った経験はあっても、自分で作成するとなると「どんなことが載っていたっけ?」「どうやって作るのだろうか?」と悩む方も多いことでしょう。
この記事では、給与明細の基礎知識から、記載すべき項目、作成に必要なもの、作成手順まで、初めて給与明細を作る方でもわかりやすく解説します。
1.給与明細とは
給与明細とは、給与の支給額や控除額など、支払った給与の計算根拠を記載した書類、もしくは電子データのことです。
「給与明細って、必ず作らないといけないの?」と思う方もいらっしゃるかもしれません。
労働基準法には、給与明細書を必ず渡さなければならないというルールはないものの、所得税法(第231条)においては「給与の支払いをする者は、給与の金額やその他必要な事項を記載した支払明細書を、給与の支払いを受ける者に交付しなければならない」と定められています。
つまり従業員を雇っている事業主には、法律上、給与明細を発行する義務がありますので、作成、交付が必須となります。
<参考> 厚生労働省 やさしい労務管理の手引き P11
https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/dl/roumukanri.pdf
2.給与明細の記載項目
では、給与明細にはどのようなことを記載すればよいのでしょうか。
特に法律で定められてはいませんが、一般的には以下の4項目の記載が必要とされています。
(1)月間労働時間
出勤日数、欠勤日数に加えて、勤務時間、残業時間、深夜残業時間、休日出勤時間といった、1カ月の総労働時間の内訳です。基本給や残業手当の計算の根拠となる重要な項目ですので、就業規則などに基づき正しく記載します。
(2)支給額
基本給のほかに、残業手当、深夜手当、休日手当、出張手当、通勤手当、役職手当、住宅手当、資格手当、営業手当といった各種手当の金額を記載します。
(3)控除額
健康保険料、厚生年金保険料、介護保険料、雇用保険料、所得税、住民税といった支給額から控除される金額を記載します。
(4)口座振込額
支給総額から控除総額を差し引いた、実際に従業員の口座へ振り込まれる金額を記載します。
3.給与明細を作成するために必要なもの
給与明細作成にあたり、記載項目に関する情報を集めなければなりません。そのためには、以下のものを用意する必要があります。
(1)勤務記録表
「勤務記録表」とは、従業員一人ひとりの出勤状況、勤務時間、欠勤理由、休暇の取得状況などをまとめたもので、勤怠表や勤務状況表といわれることもあります。
テンプレートは決まっていません。給与明細作成のために毎月チェックするものですから、使いやすく、確認事項が見やすいものを用意できるとよいでしょう。記載もれがないかどうかの確認も、定期的に行っておきたいものです。
(2)健康保険・厚生年金保険被保険者標準報酬決定通知書
健康保険料や厚生年金保険料は、健康保険組合や日本年金機構から事業所へ送られてくる被保険者標準報酬決定通知書に記載された「標準報酬月額」をもとに計算します。昇給や降給で給与に増減があった場合、標準報酬月額も変わります。最新の情報がわかるよう、きちんと管理しておく必要があるでしょう。
(3)住民税課税決定通知書
住民税は、前年の所得を基準に税額が計算され、税額が決まると「住民税課税決定通知書」が事業所へ送付されます。所得額が同じでも、従業員それぞれが住んでいる地域によって、税額が異なる場合がありますので注意しましょう。
4.給与明細の作成手順
それでは、実際に給与明細を作成する手順を見ていきましょう。
勤務時間の集計
従業員ごとの1カ月分の勤務時間を集計します。集計のもとになる始業時間や終業時間を正確に知るためには、タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間といった客観的な記録を残しておくことが必要です。厚生労働省のガイドラインも参考にしてみてください。
<参考>厚生労働省
労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドラインP4,5
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11200000-Roudoukijunkyoku/0000187488.pdf
残業代の計算
勤務時間の中の残業時間、深夜残業時間、休日残業時間を集計し、残業代を計算します。労働基準法で定められた労働時間を超えると「時間外労働」となります。あらためて法定労働時間について、よく確認しておきましょう。
<参考>厚生労働省
労働時間・休日に関する主な制度
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/roudouzikan/index.html
手当の計算
通勤手当、出張手当、役職手当、住宅手当、資格手当、営業手当といった、各種手当を計算します。通勤手当については、通勤手段などにより一定の限度額まで非課税となります。
<参考>国税庁
電車・バス通勤車の通勤手当
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/gensen/2582.htm
マイカー・自動車通勤車の通勤手当
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/gensen/2585.htm
総支給額の計算
基本給に、残業代や該当する手当などをすべて足した合計額が総支給額となります。
社会保険料の計算
健康保険料、厚生年金保険料、介護保険料、雇用保険料を計算します。健康保険組合や年金機構から送られてきた被保険者標準報酬決定通知書にある標準報酬月額(雇用保険は支給額)に、所定の保険料率を掛けることで算出できます。
保険料率は、健康保険組合、年金機構、厚生労働省の各ウェブサイトに掲載されています。必ず該当年の料率を確認するようにしましょう。
<参考>
日本年金機構/厚生年金保険料額表
https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/hokenryo/ryogaku/ryogakuhyo/index.html
厚生労働省/雇用保険料率について
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000108634.html
課税対象額の計算
総支給額から「通勤手当のうち非課税となる額」を差し引いた金額が、課税対象額となります。
源泉所得税の計算
課税対象額から「社会保険料」を差し引き、国税庁のウェブサイトにある「給与所得の源泉徴収税額表」にあてはめて、所得税を計算します。必ず該当年分の税額表を確認するようにしましょう。
<参考>国税庁
令和3年分 源泉徴収税額表
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/gensen/zeigakuhyo2020/02.htm
住民税の計算
地方自治体から送付される「住民税課税決定通知書」をよく確認して、住民税額を記載しましょう。
総控除額の計算
社会保険料、所得税、住民税をすべて合計したものが、控除の総額となります。
差引支給額の計算
総支給額から総控除額を差し引くことで、従業員の口座へ振り込む支給額が決定します。
5.まとめ
給与明細についてご紹介しました。記載項目それぞれで正確な計算や転記が必要となり、簡単とはいえない作業ですが、給与明細は事業者にとっても、従業員にとっても、重要な書類です。間違いのない作成を行うためには、情報収集や計算の仕方をしっかり理解しておくことが欠かせません。作業の効率化を図りたい場合は、既存の給与明細テンプレートや作成システムなどを活用してみるのも有効な手段といえるでしょう。
金融機関勤務を経て、フリーライターへ転身。
お金に関するコラム執筆をはじめ、企業のWebコンテンツやメルマガ制作など、幅広いジャンルのライティングに携わる。ファイナンシャル・プランニング技能検定2級。