賃貸借契約書の読み方/契約前後の流れと注意すべきポイント

事業を営むうえで,事務所を構えるオフィスビルや,営業・販売用の店舗など,不動産賃貸借契約を締結することは一般的に避けて通れないものです。

そこで本稿では,賃貸借契約書の読み方や賃貸借契約の流れについて説明します。

 

1,賃貸借契約書とは

 

そもそも「賃貸借」とは「当事者の一方がある物の使用及び収益を相手方にさせることを約し,相手方がこれに対してその賃料を支払うこと及びその物を契約終了時に返還すること」を約することです[1]

 

賃貸借契約書は賃貸人と賃借人の合意に基づく契約書です。対象物件の詳細や賃料,更新や修繕,解約に関する事項などが記されています。

 

2,賃貸借契約書と重要事項説明書の違い

 

(1) 重要事項説明書

 

宅地建物取引業者が不動産取引の相手方に対し当該契約の重要事項について説明し開示する書面のことを重要事項説明書といいます(宅地建物取引業法第35条)。

 

これは,多数の不動産取引を行うプロフェッショナルである宅地建物取引業者と,不動産取引に関しては通常素人である相手方との知識や経験のバランスを考慮して,不当な不動産取引に陥らないよう相手方を保護するための制度です。

 

賃貸借契約書の内容は用語が難解でわかりにくいことが多いため読み手に読み落としや誤解が生じ,その結果,入退居後にトラブルが発生しやすくなります。

 

そこで,専門的知識を有する者により関連する重要事項につき説明させ,それによって相手方が契約に入るかどうかの最終判断を行えるようにするのです。

 

したがって,重要事項説明は,当該売買契約や賃貸借契約が締結される前にしなくてはなりませんし,その内容を記載した重要事項説明書を相手方に必ず交付しなければなりません。また,説明を行う者は宅地建物取引士の資格を有している必要があります。

 

なお,従来対面に限定されていた重要事項説明ですが,賃貸借については2017年10月1日以降,また,売買[2]についても2021年3月30日より,一定の条件を満たせばテレビ会議などのITを活用したオンラインによる実施が可能となりました(IT重説[3])。

 

(2) 賃貸借契約書との違い

 

賃貸借契約書は契約締結に際して交わされるのに対し,前述のとおり,重要事項説明は契約締結の前に行われる必要があります。

 

また,賃貸借契約書は建前上当事者双方の合意に基づいて作成されますが,重要事項説明書は,あくまでも不動産取引業者が一方的に相手方へ交付するものです。

 

したがって,契約の締結後は,重要事項説明書よりも賃貸借契約書の方が重視・優先されることになります。

 

3,賃貸借契約書のここを確認しよう

 

さて、ここからは,賃貸借契約書の中で確認しておくべき事項について簡単に説明します。

 

(1)物件が正しく記載されているか

 

せっかく自社にとって良い物件を見つけたと思ったのに,実際に賃貸借契約を交わした物件と,思っていた物件とが異なっていたら大変です。

 

重要事項説明書や賃貸借契約書に付属した登記簿謄本,周辺地図,見取り図などの添付書類は事前によく確認しましょう。また,あらかじめ詳しく書類をチェックしたうえで,不動産会社の担当者や相手方とともに現地を確認し,不明な点は詳しく聞いて,物件の詳細を明らかにしておきましょう。

 

(2) 付属品と残置物が正しく記載されているか

 

たとえば飲食店を営む用途で同業飲食店の居抜き物件を借りる場合に,什器や調理場など,付属品や残置物をそのまま利用することを期待していたのに,それらが引渡し時に撤去されてしまっていては困ります。

 

逆に,引渡し時,自社にとって不要な物が付属品,残置物として残されていても困るでしょう。

 

引渡し時点で何が付属しており,何が付属していないのかをあらかじめ明確にしておきましょう。

 

(3)契約期間と諸費用は想定していた通りか

 

賃貸借契約には契約期間が定められています。短期賃貸借を希望するのか,それとも長期の営業を予定しているのか,自社の希望と契約上の期間がきちんと合致しているかどうか確認しておきましょう。

 

また,保証金や共益費・管理費,仲介手数料や印紙代,賃料の振込手数料,火災保険料など,実際に負担する諸費用がどこまでなのかも明確にしておくと良いでしょう。

 

(4)契約更新時のルール(更新期間や更新料など)

 

契約によっては更新ができない場合があります。また,更新できるとしても,更新料がほとんどかからない場合もあれば,予想外に高額の更新料を要求されることもあります。

 

賃貸借契約終了時の契約更新の可否,また更新する場合はその期間や更新にかかる費用をあらかじめ明らかにしておきましょう。

 

(5)解約時のルール(原状回復など)

 

賃貸借契約終了で紛争になりがちなのが解約時の原状回復です。居住用賃貸借と同様,原則として賃借人には,原状回復条項に基づき,契約終了に伴う引渡し時,通常の使用による損耗や汚損を除去する義務があるとされます。

 

ただ,どこまでが「原状回復」といえるのかはその使用実態や契約内容,契約期間などにより流動的です。

 

退去後の明らかなアップグレードや,本来賃貸人が負担すべき通常損耗の回復まで賃借人が負担する内容になっていないかどうか,あらかじめ契約書をよく確認しておきましょう。

 

(6)修繕事故発生時の負担割合について

 

賃貸借契約期間中に修繕を要する事由が発生した場合,その回復に係る費用を負担するべきかについても確認が必要です。

 

この点,改正前民法でも賃貸人の修繕義務について規定はありましたが,賃貸人が賃借人の要請にも応じず修繕してくれない場合に,賃借人が自ら修繕をすると「勝手な改造」などとされ契約を解除されてしまう危険がありました。

 

そこで,2020年4月より施行された改正民法においては,賃借人による修繕権[4]が明記されました。

 

これにより,一定の要件を満たせば、賃借人は賃貸人の許可を得ることなく修繕ができるようになりました。

 

もちろん,この場合の修繕費用は賃貸人に請求することができるのが原則です。

 

ただ,賃貸借契約書には,民法の規定とは異なる任意の規定を設けていることが多いので,具体的に修繕できるのはどのような場合か,当事者双方の協議が必要か,修繕できる範囲はどこまでかなど,詳細を確認しておきましょう。

 

なお,当該物件で自社の希望する営業が可能なのかは非常に重要です。法律上・条例上その他の規制に抵触しないか,あらかじめ確認しておきましょう。

 

4,賃貸借契約の流れ

 

それでは実際の賃貸借契約の流れについてみてみましょう。

 

(1) 希望条件の整理

 

当然のことながら,まずは,自社の業務に必要かつ相当な物件の希望条件を整理しましょう。

 

(2) 物件の見学(必ず実施)

 

どんなに詳細な写真や地図が添付されていようと,現実に自分の目で確かめる事にはかないません。

 

周囲の環境や現場付近の交通量,ライバル店舗の有無,実際の駅などからの距離,階段を登ってみた感じ,曜日や時間帯に応じた通行人の様子など,必ず現地へ赴いて物件とその周辺を確認しましょう。

 

できれば曜日や時間帯を変えて複数回訪れることが望ましいですし,必ず一度は不動産業者や相手方担当者とともに物件を確認することをお勧めします。

 

(3)重要事項説明書の交付と説明を受ける

 

すでに述べた通り,宅地建物取引業者を通じ,賃貸借契約書からだけではわからない詳細事項について重要事項の説明があります。

 

「大体書いてある事は同じだろう」などと適当に聞かず,きちんと説明を受け,不明な点はこの時に質問するなどして明らかにしておきましょう。

 

(4)賃貸借契約の締結

 

これらの事項をすべて理解し納得したら,賃貸借契約書に署名・押印して賃貸借契約は締結終了です。

 

なお,コスト削減や利便性向上のため,近年,賃貸借契約書の電子化が急速に進められています[5]ので,適用があるかどうか詳細については随時最新情報を調べることをお勧めします。

 

5,まとめ

 

賃貸借契約書の内容は文章が難解で細かく,わかりづらいこともありますが,後日のトラブルを回避するためにも,ときには専門家の助けを借りるなどしてきちんと内容を理解しておきましょう。

 

 

執筆者:豊田 かよ (とよた かよ)
弁護士業,事務職員等を経て,現在は英語講師やライター業務等に従事。得意ジャンルは一般法務のほか,男女・夫婦間の問題,英語教育など。英検1級。

[1] 民法第601条

[2]国土交通省HP」「報道発表資料『不動産売買に係るオンライン重要事項説明の本格運用について』」参照

[3]国土交通省HP」「ITを活用した重要事項説明等に関する取組み」参照

[4] 民法第607条の2

[5] 前出「国土交通省HP」「ITを活用した重要事項説明等に関する取組み」参照。