雇用契約書を作ろう/労働条件通知書との違いなど

雇用契約書と労働契約書,雇用契約書と労働条件通知書など,仕事上関わることもあるのにこれらの違いがはっきりわからないという方も多いと思います。

そこで、本稿ではこのうち特に雇用契約書を中心に,作成における留意点などについて解説していきます。

 

1,雇用契約書とは

 

「雇用契約書」とは,民法第623条 で規定された「雇用」に関する当事者間の合意を書面化したものです。

 

ここでいう雇用契約とは「当事者の一方が相手方に対して労働に従事すること」を約束し,「相手方がこれに対してその報酬を与えること」を約束する双方の合意です。したがって,民法上の「労働者」には,基本的に労働に従事するすべての者が該当します。

 

これに対し「労働契約書」は,労働基準法や労働契約法など主に労働関係法で用いられる「労働契約」を書面化したものです。

 

したがって,厳密には法律上,両者の適用範囲は異なります。

 

たとえば,労働基準法第9条では「労働者」とは,職業の種類を問わず,事業又は事務所(=「事業」)に使用される者で「賃金を支払われる者をいう」とされています。

 

「使用者」が「事業者」に限定されているため,たとえば個人が一時的に雇う大工や修理業者,家事代行者などは除外されることになる点で,民法上の「労働者」より範囲が狭くなるのです。

 

さらに,労働基準法第116条第2項において「同居の親族のみを使用する事業」は労働基準法第9条の「事業」から除外される,としている点からも,民法上と労働関係法令上の「労働者」の範囲には差があることがわかります。

 

ところが,労働契約法第2条第1項は,同法上の「労働者」を「使用者に使用されて労働し,賃金を支払われる者をいう」と定義し,同条第2項では「使用者」を「その使用する労働者に対して賃金を支払う者をいう」としているので,限定的とはいえず,むしろ民法上の概念に近いといわれています。

 

このように,各法令によっても取り扱いは微妙に異なり,議論が複雑化する原因となっています。

 

とはいえ,実務上はこれらを厳密に使い分けておらず,雇用契約と労働契約は混同して使用されている場合も多いようです。

 

そこで,ここでは便宜上,労働者が雇用者に対し一定の労務提供を約束し,雇用者が労働者に対してその対価を払う合意の内容を書面化したものを広く「雇用契約書」とよぶことにします。

 

2,雇用契約書と労働条件通知書の違い

 

(1) 雇用契約書

 

雇用契約書が労使間の合意を書面化したものであるのに対し,労働条件通知書は,使用者が所定の労働条件を一方的に作成し,それを労働者に対して通知する書面です。

 

労働条件通知書については労働基準法第15条において所定の方法により相手方に明示・交付することが義務付けられています。

 

これに対し,雇用契約書については法律上作成が義務付けられていませんが,後日のトラブルを防止するためには,労働契約の内容をあらかじめ明文化しておくことが望ましいので,作成した方が良いでしょう。

 

なお,労働条件通知書の内容を雇用契約書に盛り込むことにより,両者が一体化した「労働条件通知書兼雇用契約書」のようなものを用意することももちろん可能です。

 

(2) 労働条件通知書

 

労働条件通知書とは,労使間で労働契約を結ぶ際に使用者が労働者に対し交付する通知書で,契約期間,就業場所や業務内容,勤務時間,退職に関する事項などの労働条件について記載した書類を指します。

 

前述のように,労働条件通知書については労働基準法第15条において所定の方法により相手方に明示・交付することが義務付けられています。これに違反した場合30万円以下の罰金が課されることもあります[1]ので、ご注意ください。

 

また,ここで通知する労働条件は,労働基準法などに定められた最低基準を満たしている必要があります。

 

もし明示された労働条件が労働基準法上の基準を満たしていなかった場合には,当該労働条件は自動的に労働基準法上の基準まで引き上げられます[2]し,明示された労働条件が後に事実と異なっていることが判明した場合,労働者は当該雇用契約を直ちに解除することもできます[3]

 

なお,2019年4月1日より,労働者が希望した場合に限り,FAXや電子メール、SNSなどによる交付も認められるようになりました。ただし、出力して書面化することができる場合に限られます[4]

 

労働条件通知書の記載内容詳細については厚生労働省HP労働基準法関係主要様式ダウンロードコーナーの「労働条件通知書(一般労働者用;常用,有期雇用型)例」なども参考にすると良いでしょう。

 

3,雇用契約書の内容

 

既に述べてきたように,労働基準法第15条第1項によれば「使用者は,労働契約の締結に際し,労働者に対して賃金,労働時間その他の労働条件を明示」しなければなりません。

 

ここにいう「明示すべき事項」は労働基準法施行規則第5条第1項に列挙されています。

 

そして,必ず明示しなければならない事項を「絶対的明示事項」,制度を採用しているならば明示しなければならない事項を「相対的明示事項」といいます。

 

(1)絶対的明示事項

 

絶対的明示事項は以下の①から⑤です。

 

① 労働契約の期間に関する事項

② 就業場所及び従事する業務に関する事項

③ 始業・終業時刻,超過時間労働の有無、休憩時間,休暇,交代勤務その他に関する事項

④ 賃金(退職手当や臨時賃金などを除く)の決定や計算、支払方法その他に関する事項

⑤ 解雇事由を含む退職に関する事項

 

以上,詳細は厚生労働省HP労働基準法に関するQ&Aの「採用時に明示しなければならない労働条件とは何か」をご参照ください。

 

なお,これら①から⑤の事項(④のうち昇給に関する事項を除く)については,法律上原則として書面[5]による交付が必要です。

 

(2) 相対的明示事項

 

以下の①から⑧は相対的明示事項です。

 

① 退職手当の定めが適用される労働者の範囲や退職手当の計算支払方法その他

② 退職手当以外の臨時に支払われる賃金や賞与,最低賃金額その他に関する事項

③ 労働者に負担させるべき食費、作業用品その他に関する事項

④ 安全及び衛生に関する事項

⑤ 職業訓練に関する事項

⑥ 災害補償及び業務外の傷病扶助に関する事項

⑦ 表彰及び制裁に関する事項

⑧ 休職に関する事項

 

以上,詳細については厚生労働省HP労働基準法に関するQ&Aの「採用時に明示しなければならない労働条件とは何か」をご参照ください。

 

これら相対的明示事項については,法律上必ずしも書面による通知は必要とされていませんが,後日のトラブルを避けるためにも口頭での通知だけに頼らず,労働条件通知書や雇用契約書の中に盛り込んでおくと良いでしょう。

 

4,雇用契約書を作る際の留意点

 

それでは,雇用契約書を実際に作成する際の留意点について以下みていきましょう。

 

(1) 求人票との整合性などについて

 

まず,求人票の内容との整合性に注意しましょう。求人票に記載してあった条件と明らかに異なる場合,労働者との間でトラブルに発展する恐れがあります。

 

また,近年,テレワークの導入が急速に進んでいます。テレワークを含む勤務形態に関し,機材やパスワードなどの取り扱い,賃金の計算方法(休暇や休憩時間の概念などを含む)などについて大まかに決めておくようお勧めします。

 

(2) 正社員の場合

 

次に,正社員の場合,将来的に国内外各支店などへの転勤を命じる可能性があるなら、その旨きちんと明記しておくと良いでしょう。

 

同様に,従事する業務についても,採用時の業務内容と異なる蓋然性がある場合には,後日のトラブルを避けるためにも,当初従事した業務から他の業務への配置転換や人事異動などの可能性がある旨触れておきましょう。

 

(3)パートタイム・有期雇用労働者の場合

 

労働者が「パートタイム・有機雇用労働法」(2021年4月1日全面施行)の対象者である場合には,労働条件通知書だけでなく,労働者を雇い入れた後速やかに,以下の各事項に関する労働条件を記した文書を交付しなければなりません[6]

 

この義務に違反すると10万円以下の過料に処せられることもあります[7]のでご注意ください。

 

① 昇給の有無

② 退職手当の有無

③ 賞与の有無

④ 相談窓口

 

ここで「雇い入れたとき」(パートタイム・有機雇用労働法第6条)とは,当該労働者を初めて雇用した際だけではなく,労働契約を更新したときも含みます。

 

また,契約期間と更新の有無,更新の基準や,正社員への転換の可能性がある場合その転換推進措置の概要,具体的な要件等についても記載しておきましょう。

 

①の昇給や②の退職手当,③賞与については,有無だけでなくその条件,また,事情により支給されない場合があることなどを明記します。

 

④の相談窓口とは「パートタイム・有機雇用労働者の雇用管理の改善等に関する事項に係る相談窓口」であり,パートタイム・有機雇用労働法第16条に基づいて各種相談に対応するために整備する窓口のことをいいます。

 

パートタイム・有機雇用労働者からの苦情を含めた相談に応じ適切に対応できる体制であれば良いので,その名称にこだわらず,また組織であるか個人であるかは問われません[8]

 

なお、雇用契約書は一定の条件を満たせば書面に限らず電子契約書にすることもできます。

 

また,雇用契約書はあくまでも労使双方の合意に基づいて作成するものですので,法律上許容される範囲内であれば,労働者側の要望や交渉により,作成途中で内容を一部変更する事はもちろん妨げられません。

 

5,まとめ

 

労働条件通知書や雇用契約書を用意するにあたっては,後日のトラブルを防止するため,細心の注意を払い,あらゆる事態を予測して作成することが求められます。

 

雛形などを活用したり,専門家に相談するなどして慎重に作成しましょう。

 

 

執筆者:豊田 かよ (とよた かよ)
弁護士業、事務職員等を経て、現在は英語講師やライター業務等に従事。得意ジャンルは一般法務のほか、男女・夫婦間の問題、英語教育など。英検1級。

[1] 労働基準法第120条1号,第15条

[2] 労働基準法第13条

[3] 労働基準法第15条第2項

[4] 厚生労働省HP労働契約締結時の労働条件の明示の「事業主向けリーフレットPDF」参照

[5] 原則は書面だが既述のとおりFAXや電子メールなどによる交付も場合によっては可能。参考;厚生労働省HP労働契約締結時の労働条件の明示の「事業主向けリーフレットPDF

[6]  パートタイム・有機雇用労働法第6条

[7]  パートタイム・有機雇用労働法第31条

[8]  厚生労働省HP内「パートタイム労働法のあらまし」より