諭旨解雇とは、本来懲戒解雇事由に該当する場合に、たいていは会社側の温情により懲戒解雇を避け一段階軽い処分とするもので、解雇の一種です。具体的にどのような場合に諭旨解雇が行われ、どのような手続が必要なのかを以下説明します。
1. 懲戒解雇と諭旨解雇の違い
そもそも解雇には、(1)普通解雇、(2)整理解雇、(3)懲戒解雇、および(4)諭旨解雇があります(表1)。
このうち諭旨解雇にいう「諭旨」とは、理由や趣旨を相手に告げて諭すことを指します。つまり、懲戒解雇事由があっても、本人の反省など特段の事情がある場合に、会社側の温情に基づき懲戒解雇を避けるため本人を説得するなどして実務上用いられる手法が諭旨解雇です。
実質的には懲戒解雇とされるはずの事案であるという意味では、普通解雇や整理解雇とは根本的に異なりますし、法律上明確な規定もありません。
なぜ諭旨解雇が選ばれるのか、その理由は懲戒解雇と諭旨解雇との間にある大きな違いにあります。
たとえば懲戒解雇の場合、通常必要な30日以上前の解雇予告やそれに代わる解雇予告手当が不要とされる場合がありますが、諭旨解雇手続はあくまでも通常の解雇に準ずるため、原則に沿ってこれらが必要と判断される傾向にあります。
また、退職金の規定がある場合にも懲戒解雇事案ではその支払いが除外されることも多いのに対し、諭旨解雇の場合には少なくとも一部は支払われる場合が少なくありません。
さらに、将来の再就職の際、前職を辞めた理由が諭旨解雇か懲戒解雇かでは、採用側に対する印象も異なり、再雇用の可能性に大きく影響するのが通常であるうえ、その事実は一生ついて回るのですから、どちらの解雇になるかは、当該労働者にとっては非常に重要な問題です。
このように、諭旨解雇に比べ、懲戒解雇されればその労働者は解雇時のみならず将来的にも重大な不利益を被るので、情状酌量の余地があれば、会社も諭旨解雇を選択することがあるのです。
ただし、失業保険については、あくまでも懲戒解雇相当事案ですので、会社都合ではなく「自己都合退職」とされる場合がほとんどです。つまり、失業保険の受給制限期間は、通常の当初待機期間(7日間)に加え2か月間もしくは3か月間長くなります。
◇参考;厚生労働省・都道府県労働局・ハローワーク「 失業等給付を受給される皆様へ 」[1]
2. 諭旨解雇の要件
諭旨解雇の進め方に入る前に、まずその具体的な要件についてみておきましょう。
(1) 諭旨解雇事由と就業規則
諭旨解雇も解雇である以上、それが有効と認められるためには、就業規則に根拠となる規定が明記されていること[2]、および、その規定が社会通念に照らして相当であること、そしてその規則が労働者に周知[3]されていることが必要です[4]。
(2) 処分の合理性と相当性
また、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、解雇権の濫用として、その解雇処分は無効となります[5]。
具体的には、諭旨解雇事由に該当するとされた行為態様の悪質性や、行為者の反省の度合い、勤務歴や会社に対する貢献度、結果として会社内外に与えた損害の質や大きさ等を総合的に考慮して判断されます。
◇参考; 「国立大学法人Y大学セクハラ事件」東京地判2012年7月4日
なお、ある懲戒事由に該当して懲戒処分を受けたにもかかわらず、同じ懲戒事由により再度その労働者を諭旨解雇処分にする事は認められません(二重処分の禁止)。
◇参考; 「日本周遊観光バス事件」大阪地決1993年12月24日
また、同じ就業規則違反を犯していても、Aは処罰されないのにBは諭旨解雇処分、というような不平等な取扱いも許されません。
◇参考; 「大阪相互タクシー(乗車拒否)事件」大阪地決1995年11月17日
◇参考; 「トモエタクシー事件」大坂地決1985年10月11日
3. 諭旨解雇の手順
以上の要件を満たして諭旨解雇に該当する場合でも、その手続が適正でなければ、やはりその解雇処分は無効となります。
それでは以下、諭旨解雇の具体的な手順をみていきましょう。
(1) 懲戒対象事由の調査と弁明の機会
諭旨解雇事由(通常は懲戒解雇相当事由)が発生した場合、まず入念な事実確認をしてから解雇方針の検討をします。
具体的には、就業規則に照らして調査委員会等が設けられる必要があれば速やかにこれを設置しましょう。委員会等設置の必要がない場合でも、できるだけ複数人で事実確認に当たってください。
事実調査に当たっては、各関係者への事情聴取や証拠収集を怠らず、また、行為者本人へも弁明の機会を付与し、これらについて毎回確認記録を取りましょう。
この点、従前の裁判例から、例外的事案[6]もあるものの、本人に十分な弁明の機会または話し合い等の代替手続を付与することが、諭旨解雇の有効要件の1つであると解されます。
◇参考; 「国立大学法人Y大学セクハラ事件」東京地判2012年7月4日
◇参考; 「ヒタチ事件」東京地判2013年3月6日、労働新聞社「労働判例」より「東京メトロ事件」東京地判平成27年12月25日ほか
将来の紛争を予防するうえでも、弁明の機会やこれに代わる手続をきちんと踏んでおいた方が良いでしょう。
(2) 情状酌量余地の検討
懲戒解雇相当事実が認められた場合、次に解雇方針を決定するため、情状酌量の余地があるかどうかを検討します。
具体的な判断基準は個別の事案により異なりますが、先述のように、行為態様の悪質性や、行為者の反省の程度、勤務歴や会社に対する貢献度、結果として会社内外に与えた損害の質や大きさ等を総合的に考慮して決定することが必要です。
といっても具体的判断はそう簡単ではありません。先に例示したものを含め各判例を参考にしたり、できれば専門家に相談したりすることをお勧めします。
その後、情状酌量の余地があると認められ、諭旨解雇に踏み切る場合には、解雇日の決定、退職金等金銭的支払いの有無及びその金額の決定等を行います。
(3) 解雇通知書の作成
以上を踏まえ諭旨解雇の方針が決定したら、以下の各内容を記載した解雇通知書を作成します。
① 使用者(会社)の名称(代表者氏名、およびその署名または押印等を含む)
② 書面作成日
③ 当該従業員の氏名
④ 解雇の日付
⑤ 解雇の理由となった行為
⑥ 該当する就業規則の条項
(4) 解雇予告(当該従業員への解雇通知)
通常、使用者(会社)が労働者を解雇するには原則として「少なくとも30日以上前の解雇予告または解雇予告手当の支払い」が必要です[7]。
この点、懲戒解雇の場合には、労働基準監督署長による除外認定[8]を受けやすく、この解雇予告等が不要であると認められる傾向にあります。
これに対し諭旨解雇の場合には、原則通り30日以上前の解雇予告または解雇予告手当が必要です。
そして、解雇予告を行う場合、後の紛争を防止するためにも、内容証明郵便等、相手方に到達した日時を証明できる方法を取ることが望ましいでしょう。
(5) 退職金等について
就業規則で退職金の規定がある場合でも、懲戒解雇の場合には退職金を支払わない旨を規定する会社は珍しくありません。しかし、基本的に諭旨解雇においては規定に沿って一部でも退職金を支払う義務があると考えた方が良いでしょう。
なお、解雇に際しては、通常の解雇・退職の場合と同様に、社会保険、雇用保険等の被保険者資格喪失届や離職証明書等に関する手続、および税務関連の手続等が必要ですので、これらも忘れないようにしてください。
3. まとめ
以上のように、諭旨解雇は基本的に懲戒解雇相当の事案であるものの、その処分手続は一般の解雇と大きな違いがありません。懲戒解雇ほどではないにしても、労働者たる身分を失わせる効果はやはり重大です。後日の紛争を避けるためにも、適宜専門家に相談するなどして慎重に判断し適正な手続を踏むようにしましょう。
弁護士業、事務職員等を経て、現在はフリーのライター。得意ジャンルは一般法務のほか、男女・夫婦間の問題や英語教育等。英検1級。
[1]従前は自己都合退職の場合、3か月間の給付制限期間がありましたが、令和2年10月1日以降は原則2か月間に短縮されました。ただしこの短縮は①5年間のうち2回までに制限されており、また②「自己の責めに帰すべき重大な理由による解雇」により退職した者はやはり3か月間の給付制限期間を受けることになります。
[5] 三井記念病院(諭旨解雇等)事件 東京地判2010年2月9日 労働契約法第15条および第16条