事業承継とは、会社の経営を後継者に引き継ぐことです。
事業を長く続けていけば、多くの経営者は高齢などの理由から経営を退き、次世代へのバトンタッチを考える日が訪れます。また、近い将来、バトンを受け取る側になるケースもあるでしょう。
そこで本記事では、事業承継の現状、構成、種類といった基礎知識から、経営者が知っておきたいポイントまでわかりやすくご紹介します。
1.事業承継の現状
少子高齢化の波は、事業経営者にも押し寄せています。2020年度版の中小企業白書に掲載された「社長の年齢分布」によると、「70代以上」と高齢の経営者の割合が年々増加、40代以下の若手の経営者は減少傾向であることがわかります。
<引用元>2020年度版「中小企業白書」1-3-2経営者の高齢化と事業承継
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2020/chusho/b1_3_2.html
経営者の高齢化は、事業の休廃業や解散にもつながっているようです。2021年版の最新の中小企業白書には以下のデータが紹介されています。
<引用元>2021年版「中小企業白書」2-3-1 事業承継を通じた企業の成長・発展
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2021/PDF/chusho/04Hakusyo_part2_chap3_web.pdf
中には、利益率が高く好業績にも関わらず休業・廃業する企業も少なくありません。
こうした状況を見て、「年齢を理由に事業を辞めるのはもったいない」「誰かに引き継げばいいのではないか」と思う方もいらっしゃることでしょう。
しかし、以下の「社長年齢別に見た、後継者決定状況」でわかるように、日本には後継者不在の会社が多く存在しています。60代の社長で約半数、80代以上とかなり高齢の社長であっても、3割以上の人は後継者が決まっていないのです。
<引用元>2020年度版「中小企業白書」1-3-2経営者の高齢化と事業承継
https://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/2020/chusho/b1_3_2.html
つまり、事業経営を誰かに引き継ぎたくてもバトンタッチできる後継者がおらず、やむなく休業や廃業、解散に至っているケースも多いというのが現状です。「経営者の高齢化」と「後継者不在」は、日本の事業承継において大きな問題といえるでしょう。
経営者は、今後引退の意向を持ったときに、築き上げた事業や技術などが不本意に失われることを避けるためにも、早いうちから事業承継の準備を進めていくことがとても大切です。
2.事業承継の構成要素
事業承継とひとことで言っても、後継者に引き継ぐことは多岐にわたります。事業承継の主な3つの構成要素をご紹介しましょう。
(1)人(経営)の承継
「人の承継」とは、「経営権の承継」を指します。経営権は法的に定義されているものではありませんが、株式会社の場合、株式の過半数を有する人が経営権を持つとみなされるのが一般的です。そのため、株式の保有割合を変更することによる経営権の承継が行われます。
後継者は、事業そのものはもちろん、ノウハウ、取引先といったさまざまなものを受け継ぎます。後継者選びは、今後の会社の発展を左右するといっても過言ではないほど重要なことといえるでしょう。後継者はできるだけ早く選定し、経営に必要な知識や能力を身に付けさせるなど、次期経営者としての育成を進めていくことが大切です。
(2)財務諸表上の資産の承継
ここでいう「資産」とは、設備や不動産などの事業用資産、債券、債務といった「事業を行うために必要な資産」を指します。なお、資産を承継する際は、贈与税や相続税が発生するケースがあります。後継者には、そうした税金を負担できる資金力も求められます。
(3)知的財産の承継
知的財産とは、財務諸表に記載されている資産ではない、無形の資産を指します。具体的には、取引先、ノウハウ、人脈、技術、経営理念、従業員や取引先などとの信頼関係といったものです。これらは企業の競争力の源、強みであり、成長し続けていくための要の部分といえるでしょう。事業承継の際は、現在の経営者が自社の知的財産についてしっかり理解し、後継者へ正しく承継することが必要不可欠です。
3.事業承継の種類
事業承継というと、「親から子へ」といった親族間の承継を思い浮かべる方が多いかもしれませんが、そのほかにもさまざまな承継の仕方があります。4つのパターンをご紹介します。
(1)親族内承継
経営者の子ども、孫といった親族に生前贈与や相続などで承継する方法です。早期に後継者を決めて育成に取り掛かることができる、事前に後継者を指名しておくことで社内外の反対を抑えることができるといったメリットがあります。
一方で、親族の中に経営能力のある優秀な人材がいるとは限りません。また、相続による承継の場合、親族間でもめる可能性があることにも注意が必要です。
(2)親族外承継
会社の従業員や役員など、親族ではない人物に承継する方法です。社内外から経営能力の高い優秀な人材を選べることが大きなメリットといえます。
親族外承継の場合、
・株主として現経営者の親族などが残り、経営だけを後継者に引き継ぐ
・経営に加え、自社株も後継者へ引き継ぐ
といった方法が考えられます。後者の場合、後継者は自社株を取得するために多額の資金が必要です。金融機関から資金調達するという手段もありますが、資金が準備できないがために承継できないというケースも少なくありません。
(3)M&A(エムアンドエー)
会社を第三者に売却して事業を譲渡する方法です。現経営者が売却益を得られる、外部の優秀な人物に経営を委ねられるといったことは、M&Aのメリットです。
その反面、従業員の待遇や職場環境、これまでの企業のブランドイメージなどが、売却後も保たれるかどうかわからないリスクがある点はデメリットといえるでしょう。売却先との事前の条件交渉は慎重に行う必要があります。
(4)上場
自社の株式を上場させて、不特定多数の投資家が自由に売買できる状態にする方法です。企業にとって、資金調達や知名度上昇に有効な手段で、資金力や知名度が上がることにより、後継者にふさわしい優秀な人材を呼び寄せやすくなるといったメリットがあります。
しかし、上場のためには基準をクリアしなければなりません。例えば「東証1部」では株主数が2,200人以上、企業の時価総額250億円以上など厳しい条件が設けられています。基準の厳しさはマーケットにより異なりますが、中小・零細企業にとってはハードルが高い方法といえるでしょう。
4.事業承継のポイント
事業承継をスムーズに進めていくために、留意しておきたいことがあります。2つのポイントをご紹介します。
- 事業承継の準備は早めに取り掛かろう
どのような承継方法を選択するかにもよりますが、一般的に事業承継の実施には10年ほどの期間が必要だといわれています。特に、後継者の選出や育成などには時間がかかります。事業を安心して任せられる人物を選び、次期経営者としての知識や能力を育てるためにも十分な期間を設けたいところです。
また前述したように、現経営者が引退を考えたときに後継者が不在だったり、選出できたかったりすることで休業や廃業におちいる会社も少なくありません。後継者候補がすでにいる場合でも、ご自身が健康であるうちに承継を完了させることを考えれば、事業承継の準備はできるだけ早期からスタートしておくことが重要です。
- 事業承継税制をチェックしよう
事業承継では、株式を後継者へ承継する際に「贈与税」「相続税」「譲渡取得税」といった税金が発生します。税額は自社株の評価に応じて計算されるため、評価額が高い優良企業ほど後継者の税負担は大きくなります。
そこで、知っておきたいのが「事業承継税制」。後継者が一定の要件を満たしている場合、後継者の取得した資産について相続税や贈与税の納税を猶予できる制度です。事業承継税制には、「法人版」と「個人版」の2種類があります。
・法人版事業承継税制(会社の株式などが対象)
後継者が現経営者から贈与・相続で取得した非上場株式などに課される贈与税、相続税の納税を猶予または免除する措置。
・個人版事業承継税制(個人事業者の事業用資産が対象)
青色申告に係る事業(不動産貸付事業等を除く)を行っていた個人事業主が、後継者に土地や建物といった事業用資産を贈与、相続した際に課される贈与税、相続税の納税を猶予または免除する措置。
どちらの場合も、「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」に基づく認定が必要であることなど、さまざまな適用要件が定められています。事業承継の予定がある場合、必ず事前に確認しましょう。
<参考>事業承継税制特集 国税庁
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/jigyo-shokei/index.htm
5.まとめ
事業承継についてご紹介しました。「今の自分にはまだ関係ない」という方も、事業承継はいずれ直面する可能性があることですので、知識を深めておいて損はありません。
本文でも触れましたが、いざというときに慌てることなく、スムーズで確実な事業承継を行うには、後継者の選定も含めて早めに着手することが大切なポイントです。末長く事業を発展させていくためにも、計画的に準備を進めていきましょう。
金融機関勤務を経て、フリーライターへ転身。お金に関するコラム執筆をはじめ、企業のWebコンテンツやメルマガ制作など、幅広いジャンルのライティングに携わる。ファイナンシャル・プランニング技能検定2級。